知っておきたいお役立ち雑学
ファッション百科

流行年代別代表スタイル
過去に一世を風びした、さまざまなルックやスタイルを、ここに一挙ご紹介します。
当時あなたは、どこで、なにをしてらっしゃいましたか?

アイビールック
アイビールック
1964〜74年

60年代初めのアイビーは男性主導型で、女性は「男性の女性版」といったスタイルだった。51年に石津謙介が創設した「VAN」がアイビーの基本ブランド。
白無地やストライプ、マドラスチェックのボタンダウンシャツ、ベスト、ネクタイ、ブレザージャケットはメンズ同様。ボトムスは、セミタイトスカートやタータンチェックのプリーツスカートをコーディネートしていた。
60年代後半からはミニスカートやミニキュロットを合わせるようになった。靴はローファーやタッセルキルト、スリッポン。
ハイソックスをはくのがお約束であった。
その時々の流行を取り入れながら、70年代後半に出現する「ニュートラ、ハマトラ」へと進化していく。
GS・モッズスタイル
1966〜68年

66年にビートルズが来日し、日本のGS(グループサウンズ)ブームが起こる。
ビートルズは日本の若者に多大な音楽的影響を与えたが、耳にかかる長髪にモッズスタイルを生み、ファッションにも大きな影響を与えた。
典型的なモッズスタイルはモッズキャップと呼ばれた船員帽をかぶり、花柄、水玉プリントのシャツに幅広ネクタイ、また上の浅いスリムパンツに太幅のベルト、足元はサイドゴアブーツをコーディネートする。
GSのステージ衣裳として中世の王子さま風やミリタリー風などのエッセンスが加えられていった。
GS・モッズスタイル

マリー・クワント、クレージュ、ミニスカート
マリー・クワント、クレージュ、ミニスカート
1965〜74年

60年にロンドンからマリー・クワントがミニスカートを誕生させ、海外を中心に広がる。
65年にはクレージュがコレクションで膝上5cmのミニスカートを発表すると、たちまち日本にも上陸してきた。その後、シーズンが進むごとにひざ上10cm、15cm、20cmとスカートの丈は短くなっていった。
日本でのミニスカートブームの火付け役となったのは、イギリスのモデル、ツィギーの来日である。
未来派感覚のデザイン、カチっとしたシルエット、大胆な配色がこのスタイルの特徴である。
ヒッピースタイル
1967〜70年代後半

当時、日本の若者文化のほとんどは外国から輸入されたもので、ヒッピーもアメリカから入ってきた文化であった。
ヒッピーの思想は政治、ファッション、文化、若者のライフスタイル全般に影響を与えた。彼らのファッションは何日も洗っていないような汚れた長髪にTシャツ、ベルボトムのパンツ、素足にサンダルを履き、ショルダーバックを提げていた。
ファッションの考え方も180度様変わりして、「よりきれいに」から「より自然に、汚く」をモットーにしていた。
男性も女性も同じファッションをし、GS、モッズスタイルが男性の女性化としたら、ヒッピーファッションは女性の男性化と言えよう。
ヒッピースタイル

リフォームデニム(リメークデニム)
リフォームデニム(リメークデニム)
1970〜77年

60年代末期からの「ヒッピー」や「学生運動」という2大ブームメントを契機に、ジーンズは一気に市民権を得る。
74年ごろには、手持ちのジーンズを継ぎ合わせてツギハギジーンズを作ったり、しりやひざなどにプリント地を継ぎ当てすることが流行。ジーンズからマキシスカートを作ったり、斜めに色の違うジーンズを継ぎ合わせたエスカルゴスカートが大流行。
上下に伸びていくツギハギ模様は、脚長に見せる視覚的効果もあった。
当時の若者は、5〜6本のジーンズを持っているのが常識。
しかも買ったばかりの青々としたジーンズは恥ずかしいこととされ、なべで煮て色落ちさせたり、裾を切ること(今のカットオフジーンズ)が推奨された。
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